対話の生まれやすい住まいづくり

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家族生活の容器としての家

親子の断絶や家族のコミュニケーション不足が論議されて久しくなっています。
家をつくるというのは単に部屋をつくることではなく、家族生活の容器をつくることであることは、もう理解されていると思います。
繰り返しになりますが、住宅は家族全体の容れ物であって、決して個人の容れ物ではないということです。
個人の容れ物だったらビジネスホテルの個室で十分です。

しかし、現代住宅では個人と個室が対応する個人主義的なプランが喧伝・宣伝されすぎました。
そのコミュニティ、家族のあり方自体に問題があることももちろんですが、住まいの構造にもその要因があることも確かです。
いま住まいの中で、壁あるいはドアというものは、親子の断絶の1つの”象徴”としてあります。
それは、ハードウェアとしてもソフトウェアの象徴としてあるわけであって、親子の断絶ができたからドアが付いたのかもしれないし、ドアが付いたから断絶したのかもしれません。

ぺんぺん草を生やさないようにする

家相書に「屋根の上にぺんぺん草が生えたら、その家は衰亡する」と書いてあります。
それはぺんぺん草が生えたから衰亡するのではなくて、ぺんぺん草が生えるような状態になっているから生えてくるということなのです。
どちらが原因でどちらが結果ということはわかりません。
なので、一間で一家全員が暮らしたら、親子の断絶が解消されるというわけでもありません。
それでも、家族には家族全員が集まれ、顔を合わせる共通の広場は必要です。

家族が一緒にいる時間が大事

居間を大きくして、家族が自由に使えるように工夫したいものです。
居間に十分なスペースをとれない場合は、食堂を家族の交流の場とするのもいいでしょう。玄関を入って子どもが直接自分の部屋に行ける下宿風なのは感心しません。
子供部屋には食道を通っていくような動線をつくれば、子どもがいつ家に帰ったか母親が知らないということもなくなります。

また、時間の間取りということにもっと注意を払って、必ず家族全員で朝食をとるとか、晩ごはんを食べるとかするべきです。
韓国の人々は今でも家族内のしきたり、しつけがとても厳しく、父親が箸をとるまでは家族の者は食べないという話を聞いたことがあります。
だから、逆にお父さんは必ず夕飯までには家に帰ってくるらしいです。

あとは家族の中でお互いに思いやりを持つことです。
特に何か無理に話をするというわけでもなく、ただ何となく一緒にいるという時間が家族には重要なのだと思います。
「対話」にしろ「団らん」にしろ、意識過剰に「さあ始めよう」といって始められるものではないからです。
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