ウサギ小屋と住まい方の価値観

東北ホームテックは仙台で住まいの価値観について考えます

理想的な住まい方の価値観

先年、ヨーロッパの人々から、日本人の住宅は「ウサギ小屋」であると指摘され、私達は少なからずショックを受けました。
日頃心の中で感じていた弱い所を端的にグサッと言われた悔しさに、自己卑下に陥った人も少なくなかったようです。
しかし、ここで断っておきたいのは「ウサギ小屋」、結構だと思っていますし、ウサギ小屋の暮らし自体は素晴らしいと感じられます。
以前、人間はどのくらい小さいところで住めるかという研究レポートを読んだことがありますが、日本のような狭い国では、小さく狭い住まいのほうが正しいというのが結論であったと記憶しています。
そのうえ、寝るのも食べるのも全部一つの部屋で、それも親子・家族のスキンシップの中で行なわれるという点でも理想的だと思います。

発想の伝統がある日本

西洋人は、ここはリビングルーム、ここはダイニングルームと、住まいの空間をつくります。
人がダイニングにいるときにはリビングは使われていないムダな空間ということになります。
その点、日本人は時間をうまく使って、狭い空間を常に有効に使ってきました。
そういう発想の伝統があるのです。
ウサギと日本人の違いはなにかというとそこにあります。
ウサギにはできなくても人間にできることは、生活を整理整頓する技術です。
日本人の伝統的な生活の中で、朝ごはんを食べるときにはちゃぶ台を出してきて、寝るときにはそこに布団を敷いてと、秩序ができています。
そこがうまくできていれば、それはウサギ小屋ではありません。

広さよりも住む人の「住まい方」に価値がある

また、どんなに工夫をしてみても広さには限りがあります。
ならば、住まいの周囲のアメニティを徹底的に追求しようというのが日本人の住まい方なのです。
八百屋や魚屋が近くにあれば、食材を貯蔵しておく場所もいらないし、むこう三軒両隣での物の貸し借りなども融通無碍でした。
いわば、街全体、あるいは長屋全体でひとつの生活システムができており、自分の占有スペースは狭くても、らくに生活していたわけなのです。

この小さい空間、コンパクトなものを生かしきるというのは日本人の素晴らしい特技だし、偉大な才能であると思います。
この狭い空間を有効に使い切るコンセプトが、コンパクトな電子機器の類にまで生かされて現代の日本を支えているのだと思います。
どうせウサギ小屋なんだから、などという卑屈な考えは捨てて、日本の伝統、気候風土、現代的条件に本当に則した住まい方を見つめ直し、実現して欲しいと思います。
住まいの価値を決めるのは、”広さ”ではなく、住む人自身の住まい方であると考えます。

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