よき妻は夫の座を考える

仙台のリフォームなら東北ホームテックにお任せください

家の主は主婦だった?

昔、日本人の家族生活は、主婦が家の主人公で、家刀自(いえとじ)といわれました。
刀自というのは戸主(とぬし、とあるじ)が語源ですが、日本では古くは女性が家の支配者でした。
『古事記伝』によると、「いにしえは男の女の許に来通いて、夫婦の交合するを住むと云へり」(『古事記伝』23巻)とあります。また『源氏物語』など平安文学の中に当時の結婚生活の模様が詳しく述べられていますが、それによると多くの場合、男性が女性の許に通婚していたようです。
「故源大納言の君、ただふさぬしのみむすめ東のかたを、年頃思て、住みわたらせ給いけるを」(『大和物語』上)とありますが、源大納言蔭清が藤原忠房の娘を長い間想い続けて、通婚したという意であります。

このように、当時住むというのは男が女の家を訪ねて、夫婦のまじわりをすることだったようです。しかし中世に入ると、永続的な同棲生活が多くなって、平安時代のような自由な別居結婚は少なくなります。
そうして、現代の通常の結婚生活は、ご存知のとおりとなります。

外で働く男性の帰宅行動心理について

先年、某研究室において若いサラリーマンの核家族の生活調査をした結果によると、会社が終わってからどうするかの問いに、すぐ帰宅すると答えた夫は第5位で、いちばん多いのは、帰宅途中に飲食店に立ち寄るというものでした。
そして第二位が自分の実家に立ち寄るというのであって、これには正直驚きました。
おもしろいのは、男の生家を実家と呼ぶ表現は以前はなかったのですが、こうして男にとっての”実家”が現れたとなると、妻のいる家が虚ろな”産家”になったのかもしれません。

さて、家の中で、夫の居場所がないといわれる原因には、住宅の面積が絶対的に不足していることもあげられます。また、それは月給が少なく、自分に甲斐性がないからと、自嘲気味に諦めている夫が多いことも事実であります。
しかし、夫が家に帰ってきたら、家刀自のように夫をもてなすのが、妻の本当の働きというものでは・・・という観点もありそうです。
夫の部屋などなくても、夫はそれで十分に慰められ、明日への活力を得て、働く意欲を増すはずでしょう。

安らげる、寛げる空間づくり

ホテルとかホスピタルの語源は、ラテン語のホスピタリエスで、もてなしのよいとか、手厚く受け入れるという意味のようです。
住宅は、ホテルでありホスピタルであってほしいものです。
(誤解を招く表現かもしれませんが…)夫は家に帰って、手厚く受け入れられて、もてなしを受けなければならないといってもよさそうです。もし、いくらか広い家に住めるなら、子ども部屋を作る前に夫の居場所をこしらえてやらなければならないのでは…と思います。
お客様に合った仙台のリフォームや増改築のご提案もお気軽に当社へお声がけくださいませ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする