鴨長明から見る居住空間のあり方について

東北ホームテックは、居住空間のあり方について考えます

住まいはシンプルに

『・・・・その家の有様、よのつねにも似ず。広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。所を思ひ定めるがゆゑに、地を占めて、造らず。土居を組み、うちおほひを葺きて、継目ごとに、かけがねを掛けたり。もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さんがためなり、その、改め造る事、いくばくの煩ひかある。積むところ、わづかに二輌、車の力を報ふ外には、さらに、他の用途いらず。・・・・』

これはよく知られている『方丈記』の一節ですが、ここで鴨長明がわれわれに教えてくれるのは、きわめて基本的でシンプルな住まいでも十分に生きてゆけるし、また、そのほうが知的な生き方であるということです。

精神的な充足を求める住まい

鴨長明が方丈記の庵を結んだ鎌倉初期のころ、日本人の住まいは、奈良、平安以来の歴史をふまえて、寝殿造りなどのほぼ完成された住宅形式をもっていました。
一方、庶民の住まいである京都の町家なども、公家や武家の住まいに比べれば粗末なものの、鴨長明の庵ほど、シンプルなつくりではありませんでした。

そうした時代にあって、彼がこうした住まいをつくったことには、精神的な高さを求めて、物質的なものを拒否した生き方がよく表れています。
おもしろいのは、文中にあるように、かけがねをはずして、折りたためば、車に載せてどこへでも運ぶことができたことです。現代ならば、さしずめ固定資産税のとれない税務署泣かせの家と言えるでしょう。
モービル・ハウスのはしり、あるいはプレハブの元祖ですね。

居住空間のあり方について考える

アメリカでは、全人口の一割がどこへでも移動できるトレーラー家屋、モービル・ハウスに住んでいるといわれています。
その全てが、のべつまくなしに移動を繰り返しているわけでもないでしょうし、低所得層の否応無しの選択となっている面も否めません。
しかし、文明がすすみ、工業化社会が発達すると、土地や建物に執着せずに、移動する住まいをライフスタイルとして求める人が増えるということだけは確かでしょう。
居住空間というもののあり方を考えさせられる傾向ともいえます。

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